高齢化がもたらす「通院の壁」という経営課題

超高齢社会の進展に伴い、歯科医院の無料送迎サービスへの関心が高まっています。2025年には65歳以上の人口が全体の約30%に達し、今後もこの傾向は加速すると予測されています。

こうした中、多くの院長先生が現場で直面しているのが、「通院そのものが困難になる患者の増加」という課題ではないでしょうか。

長年通院されていた患者さんが、足腰の衰えや家族の状況変化により来院できなくなる。杖やシルバーカーが必要になり、公共交通機関の利用が難しくなる。こうした理由で治療を中断したり、定期メンテナンスから離脱したりするケースは、確実に増加しています。

この問題は、単に個々の患者さんの健康リスクにとどまりません。医院経営の観点からも、長期的な患者離れや地域における医院の存在意義に関わる重要なテーマとなっています。


無料送迎は「特別施策」から「標準対応」に?

こうした状況を受け、近年増加しているのが歯科医院による無料送迎サービスです。

かつては一部の医院だけが実施する差別化施策でしたが、2026年現在、無料送迎はもはや特別な取り組みではなくなりつつあります。WEB上を調べると、全国各地の歯科医院で高齢者や身体の不自由な方を対象とした無料送迎が実施されていることがわかりました。

この動きは、単なるサービス競争の結果ではありません。むしろ、患者の通院環境の変化に対する、経営上必要な対応として位置づけられるべきかもしれません。

医療法上、送迎サービスは「附随業務」として認められており、適切に運用すれば法的問題は生じません。多くの医院が患者負担なし(無料)で提供しているのは、この法的位置づけと、後述する経営的メリットを考慮した結果と思います。


無料送迎サービスの実施形態──他院の取り組み事例

実際に無料送迎を導入している医院では、どのような運用が行われているのでしょうか。

対象患者の設定

多くの医院では、以下のような基準を設けています。

  • 65歳以上の高齢者
  • 介護認定を受けている方
  • 障がいをお持ちの方
  • 杖やシルバーカーを使用している方

画一的な年齢基準ではなく、身体状況や生活環境に応じて柔軟に対応している医院が主流です。明確な基準を設けることで、スタッフの判断に迷いが生じないよう配慮している事例も見られます。

費用設定と法的位置づけ

歯科医院の送迎サービスは、医療法上「附随業務」として位置づけられているため、患者からの実費徴収なし(無料)で提供されているケースが大半です。

タクシー代を患者に負担させることなく通院を可能にすることで、継続通院率の向上につながっている実例が多数報告されているようです。

車両・設備面での工夫

導入している医院の中には、以下のような設備投資を行っているケースもあります。

  • 車椅子対応リフト付き車両の導入
  • 乗降時のサポート体制の整備
  • 複数台体制による効率的な運用

特にリフト付き車両は、重度の身体障がいがある患者にも対応できるため、医院の受け入れ可能範囲を大きく広げる効果があります。


経営的観点から見た無料送迎の意義

無料送迎の導入は、コストとリターンを慎重に検討すべき経営判断です。ここでは、導入による経営的メリットを整理します。

患者維持率の向上

最も直接的な効果は、既存患者の離脱防止です。

長年通院していた高齢患者が、移動困難を理由に来院できなくなるケースは、医院にとって大きな損失です。無料送迎があれば、こうした患者との関係性を維持でき、生涯顧客価値(LTV)の向上につながります。

特に予防歯科や歯周病管理において、継続的な来院は不可欠です。送迎サービスは、こうした定期メンテナンス患者の維持に大きく貢献します。

診療圏の実質的拡大

送迎サービスの導入は、物理的な診療圏を超えた患者獲得を可能にします。

従来、徒歩圏や駅近といった立地条件に制約されていた集患が、送迎により車で20〜30分圏内まで拡大できます。これは、立地面でのハンディキャップを補う効果もあります。

地域医療における存在感の確立

無料送迎の実施は、地域における医院のポジショニングにも影響します。

単なる治療提供者ではなく、地域住民の生活を支えるインフラとしての役割を果たすことで、地域からの信頼と評価が高まります。特に高齢化が進む地域では、こうした取り組みが医院の差別化要因となり得ます。

紹介・口コミ効果の向上

送迎サービスは、患者満足度を大きく高める施策であり、結果として紹介率の向上にもつながります。

家族間での情報共有や、地域コミュニティでの評判形成において、「送迎してくれる歯医者」という情報は強い訴求力を持ちます。


導入にあたっての実務的考察

無料送迎の導入を検討する際には、以下の点を考慮する必要があります。

運用体制の設計

送迎エリアの設定

多くの医院では、「医院から車で20〜30分圏内」といった形でエリアを設定しています。

これは、スタッフの拘束時間、車両の回転効率、診療スケジュールへの影響などを総合的に考慮した結果です。エリアを明確にすることで、スタッフの負担を適正化し、持続可能な運用を実現できます。

予約・スケジュール管理

送迎サービスは、完全予約制が基本となります。

診療予約と送迎スケジュールを連動させ、効率的な運用を行うためには、専用の管理システムやルールの整備が必要です。当日の急な依頼には対応できない旨を事前に周知することで、無理のない運用が可能になります。

コスト構造の把握

導入にあたっては、以下のようなコストを見積もる必要があります。

  • 車両購入・リース費用(リフト付き車両の場合は追加投資)
  • 燃料費・維持費
  • 保険料
  • 人件費(専任ドライバーの配置、またはスタッフの兼務)

これらのコストと、送迎による患者維持・獲得効果を比較し、投資対効果を慎重に検討することが重要です。

法的・保険面での留意点

送迎サービスの実施にあたっては、適切な保険への加入が不可欠です。万が一の事故に備え、十分な補償内容を確保しておく必要があります。

また、医療法上の「附随業務」として適切に位置づけられるよう、サービス内容や運用方法を整備することも重要です。


訪問歯科診療との使い分け

送迎サービスと並んで検討すべきなのが、訪問歯科診療です。

それぞれの適応場面

送迎サービスが適している患者

  • 移動に介助が必要だが、外出自体は可能
  • 院内での通常の診療環境を利用できる
  • 定期メンテナンスを継続したい

訪問診療が適している患者

  • 寝たきりや重度の認知症など、外出が困難
  • 在宅医療・介護サービスを受けている
  • 施設入所中

診療報酬面での違い

訪問歯科診療は、外来診療と比較して訪問料や特別な加算が適用されるため、患者の自己負担が高くなる傾向があります。

一方、送迎サービスは外来診療の枠組みで行われるため、診療報酬上は通常の外来患者と同様の扱いとなります。この点も、患者への提案時には考慮すべき要素です。

両方を提供する戦略的意義

送迎サービスと訪問診療の両方を提供できる体制を整えることで、患者の状態変化に応じた継続的な関わりが可能になります。

たとえば、送迎で通院していた患者が、状態悪化により外出困難になった際、スムーズに訪問診療へ移行できる体制があれば、患者との関係性を途切れさせることなく、長期的な口腔管理を継続できます。

これからの歯科医院経営に求められる視点

無料送迎サービスの広がりは、歯科医療における「通院」という前提の再定義を意味しています。

従来、歯科医療は「患者が医院に来る」ことを当然の前提としてきました。しかし、超高齢社会においては、その前提はもはや成り立たなくなりつつあります。

治療技術や設備の充実は、引き続き重要です。しかし、それだけでは患者との接点を維持できない時代になっています。「どうやって通ってもらうか」「どうやって関係性を継続するか」という視点が、これからの歯科医院経営には不可欠です。

無料送迎は、その一つの解決策です。すべての医院が導入すべきとは限りませんが、少なくとも検討に値する選択肢であることは間違いありません。


まとめ──患者の生活環境変化への戦略的対応

無料送迎サービスは、単なる患者サービスの拡充ではありません。それは、患者の生活環境変化に対する、経営上の戦略的対応です。

高齢化による通院困難という課題は、今後さらに深刻化することが予想されます。この課題に対して、どのような解決策を提示できるかが、地域における医院の存在価値を左右する時代が来ています。

送迎サービスの導入には、コストや運用面での課題もあります。しかし、長期的な患者関係の維持、診療圏の拡大、地域での評価向上といった効果を考えれば、十分に検討に値するように感じます。