先日、ある歯科医院で個人面談を行いました。その中で、歯科助手のAさんから「ずっと言えなかった」という前置きとともに、こんな言葉がこぼれました。
「私は自分より年下の歯科衛生士からパワハラを受けています」
正直、驚きました。というのも、この医院では表面上、大きなトラブルは見えていなかったからです。しかし、彼女の話を聞き進めるうちに、見えない溝が静かに、しかし確実に深まっていたことを知りました。
Aさんが語った「辛さ」
Aさんは異業種から歯科業界へ転職し、週3〜4日のパート勤務をしています。歯科の知識はゼロからのスタート。教育係となった歯科衛生士のBさんに業務を教わりながら、日々の業務をこなしていました。
ところが、なかなか仕事が覚えられず、同じことを何度も確認してしまうことがあったそうです。そのたびにBさんから返ってくる言葉は、
「これ、前にも教えました」
「ここに書いてあります。自分で調べてください」
「え? これも何度も言ってますけど、覚えてないんですか? 前にメモに書いてましたよね」
確認するたびに責められるように感じ、怖くて聞けなくなってしまったといいます。自分でメモも取っている、確認もしている。でも不安で、間違っていないか見てほしくて声をかけるのに、その度に突き放されるような言葉が返ってくる。「覚えられない自分がいけないんだ」と、彼女は自分を責め続けていました。
そして、もっと驚いたのが、彼女がお昼を食べている席にだけ、テプラで注意書きが貼られていたという事実です。
「食事のカスをそのままにせず、テーブルの上はキレイにしてください」
その瞬間、剥がしてやりたかった。でも我慢した。確かに拭き忘れたこともあったから——。彼女はそう言いました。
この状況を、院長は知りませんでした。
「何度も辞めようと思いました。でも、院長先生のお力になれていることや、患者さんから感謝の言葉をいただけることだけが、今の私のモチベーションです」
そう語る彼女は今、Bさんとの距離を保つことだけを考えて仕事をしているといいます。わからないことがあっても、もう彼女には聞けません。他のスタッフに聞いています。ただ、また何かあったら、その時はもう心が折れてしまうかもしれない——そう話してくれました。
Bさんが語った「苛立ち」
その後、歯科衛生士のBさんにも話を聞きました。すると、彼女もまた、ストレスを抱えていたのです。
「何度も何度も同じことを聞かれるので、いい加減嫌になってしまいました」
Bさんは、歯科助手としてやってほしい業務をAさんに伝えたところ、「私は無資格者だから、そこまで踏み込まない方がいいと思う」と言われたといいます。Aさんが勝手に業務範囲を決めてしまっていることに、Bさんは苛立ちを感じていました。
「ここで働くということは、医療人として患者さんに見られているんです。無資格であっても、ちゃんと業務を行ってほしい」
Bさんの言葉には、責任感と期待が込められていました。ただ、それが伝わる前に、言葉の刃となってAさんを傷つけていたのです。
すれ違いの正体
二人の話を聞いて、私が感じたのは「すれ違い」でした。
Aさんは「確認したい」という不安から声をかけ、Bさんは「自立してほしい」という期待から突き放す。どちらも悪気があったわけではありません。でも、互いの意図が伝わらないまま、言葉だけが宙を舞い、感情だけが残っていく。
そして、この構図の根底には、もっと大きな問題がありました。
院長が、歯科助手であるAさんに「どこまでの業務を求めているのか」が、明確に共有されていなかったということです。
Bさんは「ここまではやってほしい」と思い、Aさんは「ここまでしかできない」と思っている。その基準が曖昧なまま、日々の業務が進んでいたのです。
この事例から見えてくること
この事例は、決して特別なものではありません。どの医院でも起こりうることです。
まず必要なのは、業務範囲と期待値の明確化です。院長が歯科助手に何を求めているのか、それを言語化し、スタッフ全員で共有すること。これが第一歩です。
そして、教育担当者への支援も欠かせません。「教える」ことは、資格や経験だけでできるものではありません。相手の理解度や不安に寄り添いながら、段階的に伝えていく技術が必要です。Bさんのような立場のスタッフに対して、教育の仕方やコミュニケーションの取り方を一緒に考える場があれば、状況は変わったかもしれません。
さらに、心理的安全性の確保も重要です。「言えなかった」「聞けなくなった」という状態は、組織として危険信号です。小さな違和感や不安を口にできる雰囲気があるかどうか。それが、離職やトラブルを未然に防ぐ鍵になります。
最後に
今回の面談を通じて、改めて感じたことがあります。
スタッフ一人ひとりが抱えている感情や背景は、想像以上に複雑で、繊細です。表面的には「うまくいっている」ように見えても、水面下では静かに亀裂が広がっていることがある。
だからこそ、見えないものを見ようとする姿勢を持ち続けることが、組織を守り、育てていくために大切なのだと思います。
この事例が、少しでも先生方の医院運営のヒントになれば幸いです。
ディープラスエス株式会社
歯科医院の組織づくりを、現場の声とともに支援しています。