〜患者さんとスタッフを守るために〜
近年、多くの職場で「パワーハラスメント(以下、パワハラ)」への意識が高まっています。
歯科医院も例外ではありません。特に少人数で運営する医院では、院長や先輩スタッフと新人スタッフとの距離が近いため、指導とパワハラの線引きがあいまいになりやすい傾向があります。
しかし、この違いを理解しないままでは、スタッフの離職や医院全体の雰囲気悪化を招き、ひいては患者さんへの医療サービスにも悪影響を及ぼしかねません。
1. 指導とパワハラの目的の違い
- 指導の目的は「従業員の成長」「業務改善」「医療安全の確保」です。
歯科医療では、正しい器具の使い方や治療手順の習得は不可欠で、適切な指導はミス防止や患者さんの信頼にもつながります。 - パワハラの目的は「自己の優位性を示す」または「相手を精神的に追い込む」ことです。業務改善ではなく、相手を否定すること自体が目的となってしまいます。
2. 言動と方法の違い
指導
- 内容:必要な知識や技術の習得、具体的な改善策の提示、適切なフィードバック
- 方法:理性的で丁寧な言葉遣い、状況に応じた配慮、相手の理解度を確認しながら進める
- 例:
- 「この器具の使い方は、こうすると効率的です。」
- 「前回、この手順でミスがあったので、次は気をつけましょう。」
- 「患者さんへの説明は、もう少し丁寧にしましょう。」
パワハラ
- 内容:侮辱的な発言、人格否定、業務に関係ない攻撃、無視、過大な要求
- 方法:感情的・威圧的な態度、高圧的な言葉遣い
- 例:
- 「この前も言いましたよね。何度言えばわかるんですか。」
- 「こんなこともできないのか、バカじゃないか。」
- 「他の人はできているのに、なぜあなたにはできないのか。」
- 「学校で教えてもらってなかったの?」
- 相手を追い詰めるような言葉や、一方的で冷たい指示の仕方も該当します。
- 無言で書類を突き出す、機嫌の悪さを露骨に態度に出すなどの「フキハラ(不機嫌ハラスメント)」も、パワハラ同様に注意が必要です。
3. 実際にあった事例:一言が引き起こした連鎖離職
ある歯科医院での出来事です。
入職して3カ月ほど経ったスタッフが妊娠していることがわかり、今後の働き方について院長に相談しました。
しかし、ある日、非常勤の先生から次のような発言を受けます。
「入ったばかりで妊娠ってどういうことなの?そんな無責任な話ってある?
妊娠のことは前からわかっていたんじゃないの?」
この発言は、他のスタッフも耳にしていました。妊娠したスタッフは精神的に大きなショックを受け、「体調が悪い」という理由で退職を申し出ます。
さらに、このやり取りを見聞きしていた他のスタッフも次々と退職。院長は背景を知らないまま、複数名のスタッフを一度に失う結果となりました。
退職したスタッフは「二度とかかわりたくない」と、訴えることもせず去っていったといいます。
このケースがパワハラに該当する理由
- 妊娠という個人の事情を攻撃の材料にした(業務と無関係な人格批判)
- 決めつけや侮辱的な言葉で精神的苦痛を与えた
- 公然と発言したため、本人の羞恥心とダメージが拡大した
4. 歯科医院ならではの注意点
歯科医院は限られた空間で少人数が動く職場です。治療中の緊張感や時間的制約から、つい感情的な言葉になってしまう場面もあります。
しかし、たとえ「その場の勢い」であっても、高圧的な言動は信頼を壊し、離職や院内の空気悪化を招きます。
5. パワハラを防ぐための具体策
- 目的を明確にする
「相手の成長」と「医療安全」が目的であることを常に意識する。 - 感情ではなく事実で話す
ミスの指摘は感情を交えず、具体的な事実と改善策を伝える。 - 言葉遣いと態度の配慮
プライベートや人格を否定する発言は避ける。 - 院長が早期に気づく仕組みを作る
月1回の面談や、意見を匿名で出せる仕組みで、問題を表面化させる。 - 非常勤を含めた全員研修
院内の全スタッフが同じ価値観で接するために、非常勤医師も含めたハラスメント防止研修を行う。
まとめ
歯科医院での「指導」と「パワハラ」は、目的・方法・言葉の選び方によって明確に区別できます。
適切な指導はスタッフの成長と医院の発展につながりますが、不適切な言動は信頼関係を壊し、優秀な人材を失う原因になります。
院長や先輩スタッフは、日々の指導が相手にどう受け止められるかを意識し、感情ではなく理性に基づいたコミュニケーションを心がけることが、医院全体を守る第一歩です。