〜「志」だけでは続かない時代に、医院ができること〜
先日、ある顧問先の小規模歯科医院で、10年間勤務していた歯科助手の女性スタッフが退職されました。
退職理由を尋ねたところ、最初に出た言葉は——
「有給が取れないことです。」
さらに詳しく話を聞いていくと、
「退職金制度があるのかどうかもわからない」
「院長先生は“退職したあとにハローワークに行けばもらえるから”としか言わない」
といった話もありました。
実際、私自身もその説明を聞いて戸惑いました。
制度の存在が曖昧なままでは、不安に感じるのも無理はありません。
彼女はこう話してくれました。
「自分の年齢とこの先のことを考えると、いろいろと不安になりました。
福利厚生が整っていない職場で働き続けるのは、将来が不安でしかありません。」
10年間勤務していた彼女は、まさに医院の「顔」とも言える存在で、
院長先生からの信頼も厚く、患者さんとの関係も非常に良好でした。
当然、院長先生は「辞めてほしくない」と、私に引き止めて欲しいと頼んできました。
ですが、彼女の話を聞いていくうちに、働く側としてはもっともな理由であり、
今のままでは引き止めるのは難しいと感じたため、その旨を院長先生にも正直にお伝えしました。
ところが当初、院長先生からは「今後も特に福利厚生について考えるつもりはない」とのお話がありました。
その頃にはすでに、退職予定のスタッフが他のメンバーにも話をしていて、院内の空気はどこか沈んだ雰囲気になっていました。
「このままでは、他のスタッフの士気にも影響してしまう」
そう感じた私は、院長先生と改めて話し合いの場を持ち、医院全体の環境整備に一緒に取り組むことを決めました。
まず取り組んだのは、曖昧だった福利厚生の制度を“見える化”することです。
医院で可能な福利厚生を導入し、これまでは口頭での説明や、あいまいな運用が多かった制度をスタッフ全員がきちんと理解し、納得できる形で明文化・共有しました。
結果として、スタッフの表情や雰囲気にも変化が見られ、
「これからもここで頑張っていこう」という前向きな空気が戻ってきました。本当に良かったです。ホッとしました。
志があっても、環境が整っていなければ続かない
「先生の考えに共感して入職した」「やりがいがあると思った」
そんな“志”を持って働き始めるスタッフも、日々の働きやすさや将来の安心がなければ、気持ちは離れてしまうものです。
- お休みが取りづらい
- 給与が業界平均よりも低い
- 社会保険や退職金制度が不透明
- キャリア形成につながる支援がない
これらが積み重なると、せっかくの意欲や信頼関係も維持できなくなる可能性があります。
歯科医院における主な福利厚生
法定福利厚生
- 社会保険(健康保険・厚生年金・介護保険)
- 労働保険(雇用保険・労災保険)
法定外福利厚生(医院独自で設けるもの)
- 資格手当、研修・学会参加費の補助
- 健康診断・人間ドック費用の補助
- 懇親会やイベント費用の補助
- 出産・育児支援制度
- 企業型確定拠出年金の導入
- 賞与や退職金制度
- 通勤費・交通費
福利厚生を整備することで医院が得られるメリット
福利厚生は、スタッフのためだけの制度ではありません。医院側にも、以下のようなメリットがあります。
- 優秀な人材の採用につながる
- スタッフの定着率が上がり、モチベーションも維持しやすくなる
- 福利厚生費として経費計上でき、節税にもつながる
実際、家賃補助や退職金制度が整っている医院の方が、求職者の注目を集めやすいのは事実です。
福利厚生を職場選びの基準にする求職者は年々増えている傾向にあります。
「やりがい」や「志」だけでは、人は長く働き続けることはできません。
安心して働ける制度と環境があってこそ、信頼関係やモチベーションは継続されます。
人材採用や定着に課題を感じている歯科医院こそ、まずは福利厚生の棚卸しから始めてみてはいかがでしょうか。
目に見えづらいけれど、確実にスタッフの「心」に響く仕組みです。