歯科医院のマタハラ対策は、今や「知らなかった」では済まされない経営課題です。
歯科医院は、医療現場の中でも特に女性スタッフの割合が高い職場です。 その一方で、妊娠・出産・育児をきっかけにしたトラブル、いわゆるマタニティハラスメント(マタハラ)が起こりやすい環境でもあります。
今回は、実際に歯科医院で起きた裁判事例をもとに、 歯科医院経営においてなぜマタハラ対策が重要なのかを整理していきます。
実際にあった歯科医院のマタハラ事案
被告法人が運営する歯科医院で歯科医師として勤務していた女性労働者は、 妊娠を院長(理事長)に報告しました。
その後、体調不良により一定期間休職し、復帰したものの、 院長は以下のような行為を行っていました。
- 診療予定時間を独断で延長し、患者予約が入りにくい状況を作る
- 原告の診療枠に院長自身の診療予定を入れる
- 本人がいない場で、 「家にお金がない」「育ちが悪い」「貧しい人だと思った」など、 人格や家庭環境を否定する発言をする
これらの言動は録音され、後に裁判で問題とされました。
結果として裁判所は、
- 院長および法人に慰謝料20万円の支払いを命じ
- 安全配慮義務違反により、一定期間の賃金請求も認める という判断を下しました。
金額だけを見ると小さく感じるかもしれませんが、 「歯科医院でマタハラが認定された」という事実そのものが、経営に与える影響は非常に大きいのです。
マタハラは「事業主の義務違反」になる
2022年4月に改正育児・介護休業法が施行され、 マタハラ防止措置は事業主の義務となりました。
つまり、
- 妊娠・出産・育児を理由に不利益な取り扱いをしない
- ハラスメントを防止する体制を整える
これらを怠れば、 「知らなかった」「忙しかった」では済まされません。
実際に起きている歯科医院のマタハラ例
実際に歯科医院の現場では、次のようなケースが裁判にまで発展しています。
例① 育休取得の手続き中に退職扱い
- 育休取得を申し出たところ手続きを拒否
- 後日、退職届用紙が一方的に自宅に送付
- 自己都合退職として処理
このケースでは、 育休取得という権利侵害が認められ、慰謝料200万円を含む約700万円の支払いが命じられました。
例② マタハラが原因でうつ病を発症
- 産休・育休に関する嫌がらせを受け続ける
- 精神的負荷の蓄積によりうつ病を発症
- 休職中に退職扱い
裁判所は、 「うつ病の発症はマタハラが原因」と判断し、 退職扱いは違法、約500万円の支払いを命じています。
なぜ歯科医院ではマタハラが起きやすいのか
歯科医院、とくに小規模歯科医院では、
- 院長1名+少人数スタッフ
- 代替要員の確保が難しい
- 一人欠けるだけで現場が回らなくなる
という現実があります。
そのため、
「妊娠されると困る」 「今は人が足りないのに…」
といった感情が、 無意識の言動や態度に表れ、 職場全体の空気がピリついてしまうことがあります。
しかし、 現場の大変さと、ハラスメントをしてよいかどうかは別問題です。
マタハラ対策で院長ができること
まず大前提として、スタッフから妊娠の報告を受けた際には、祝福の言葉と体調への配慮を示すことが何より大切です。
その上で、
- 現在の体調や不安点の確認
- 業務内容や勤務時間の調整
- 産前産後休業・育児休業に関する具体的な制度説明と相談
を、感情論ではなく「制度と仕組み」に基づいて進めていく必要があります。
歯科医院におけるマタハラ対策で重要なのは、院長先生ご自身がマタハラの本質とリスクを正しく理解することだと思います。
具体的には、
- 妊娠・出産・育児を理由とした不利益取扱いは許されないこと
- 悪意がなくても、結果として不利益が生じればマタハラになること
を知る必要があります。
また、
- マタハラを禁止する旨を就業規則に明記する
- 繰り返した場合は懲戒処分の対象になることを示す
- 女性スタッフ間での妬みや嫌がらせにも目を向ける
といった仕組みづくりも重要です。
院長の役割は「辞めない環境」を整えること
妊娠・出産・育児は、 スタッフ個人の問題ではなく、 組織としてどう支えるかが問われる時代になっています。
産休・育休が取りにくい職場は、 結果として人が定着せず、 採用・教育コストが膨らみます。
短期的な負担を理由に目を背けるのではなく、
- 勤務体系の見直し
- 情報共有の仕組みづくり
- 院内の空気を整えること
これらに取り組むことが、 結果的に医院経営を守ることにつながるのではないでしょうか。
マタハラは、起きてから対応するのではなく、 起きない環境を作ることが何より重要だと思います。