「求人倍率23倍」という数字に踊らされていませんか?
歯科医院の経営をされている先生方であれば、「歯科衛生士の求人倍率は23倍」という話を一度は耳にされたことがあるのではないでしょうか。
実際、全国歯科衛生士教育協議会の最新調査では、新卒歯科衛生士の求人倍率は23.7倍という数字が報告されています。単純に考えれば、新卒の歯科衛生士1人に対して、23〜24もの医院から求人が来ているということです。
「それなら、うちの医院でも簡単に採用できるはず」
そう思われるかもしれません。しかし、現場の先生方の声は全く違います。
「求人を出しても全く応募が来ない」 「見学に来てもらえても、そのまま連絡が途絶える」 「内定を出しても、他院に流れてしまう」
こうした悩みを抱えている院長先生は、決して少なくないはずです。なぜこのようなことが起きるのでしょうか。
求人倍率の数字が示す「本当の意味」
求人倍率23倍という数字には、実は大きな落とし穴があります。
まず知っておいていただきたいのは、毎年歯科衛生士学校を卒業して就職する新卒者は約7,000人程度だということです。一方で、全国の歯科医院数は約68,000施設。つまり、単純計算でも10施設に1人しか新卒衛生士が行き渡らない計算になります。
さらに重要なのは、歯科衛生士の就職先は歯科医院だけではないという点です。病院の歯科口腔外科、保健所、介護施設、歯科衛生士学校など、様々な選択肢があります。実際、新卒者の約1割は歯科診療所以外への就職を選んでいます。
そして、もう一つ見逃せない現実があります。
歯科衛生士が「選べない」という現実
「求人倍率が高いなら、歯科衛生士は好きな医院を選び放題なんでしょう?」
そう思われるかもしれませんが、実態は少し異なります。
全国の歯科診療所における歯科衛生士の配置状況を見ると、平均で1施設あたり約2.0人(令和2年時点)となっています。これは平成14年の0.9人から約2倍に増加した数字です。しかし、この「平均2.0人」という数字の裏には、大きな偏りが隠れています。
実は、歯科衛生士が集中して就業している医院と、衛生士がほとんどいない(あるいは全くいない)医院との二極化が進んでいるのです。
教育体制が整っている医院、予防歯科に力を入れている医院、待遇面で魅力的な医院には複数名の歯科衛生士が在籍しています。一方で、そうした体制が整っていない医院では、歯科衛生士の確保に苦戦している状況があります。
新卒の歯科衛生士にとって、「教育してもらえる先輩がいるか」「予防処置の実践ができるか」「自分が成長できる環境か」といった点は、給与以上に重要な選択基準となります。
つまり、求人倍率が高いからといって、すべての医院に平等にチャンスがあるわけではないのです。むしろ、歯科衛生士を複数名雇用できている医院にさらに求人が集中し、そうでない医院はますます採用が難しくなるという「格差」が生まれています。
「落ちる学生」が増えている現実
もう一つ、興味深いデータがあります。
歯科衛生士学校の教職員を対象とした調査では、「落ちる学生もいる」と回答した学校が7割以上にのぼっています。
求人倍率が23倍もあるのに、なぜ就職できない学生が出てくるのでしょうか。
その理由は、歯科医院側が「採用基準」を明確に持つようになってきたからです。以前は「歯科衛生士の資格を持っていれば誰でも」という雰囲気がありましたが、今は違います。
「自院の理念に共感してくれる人材か」 「コミュニケーション能力はあるか」 「成長意欲があるか」 「患者さんに寄り添える人柄か」
こうした点を重視する医院が増えてきました。これは決して悪いことではありません。むしろ、医院の質を高め、患者さんにより良い医療を提供するために必要な変化だと言えます。
しかし、この変化は「求人を出せば誰かしら来るだろう」という姿勢の医院にとっては、厳しい現実を突きつけるものとなっています。
これからの採用活動に必要なこと
では、これからの時代、どうすれば新卒の歯科衛生士を採用できるのでしょうか。
まず大切なのは、「求人倍率が高いから簡単に採用できる」ということではありません。数字だけを見て安心するのではなく、現実を直視する必要があります。
次に、自院の「受け入れ体制」を整えることです。
新卒の歯科衛生士が最も不安に感じているのは、「ちゃんと教育してもらえるか」という点です。先輩衛生士がいない、あるいは1名しかいない医院では、新卒者は不安を感じ応募には至りません。
「でも、うちには衛生士がいないから、新卒を採用したいんです」
このジレンマは、多くの院長先生が抱えているものだと思います。
であれば、まずは経験者の採用から始める、あるいは教育体制を外部のセミナーや研修でカバーする仕組みを作る、といった工夫が必要になるかもしれません。
また、「予防歯科」への取り組みも重要なポイントです。今の歯科衛生士学校では、予防の重要性が強調されています。卒業したら予防処置やメインテナンスの仕事がしたいと考えている学生は少なくありません。
治療中心の診療スタイルではなく、予防やメインテナンスにも力を入れているという姿勢を見せることで、歯科衛生士にとって魅力的な職場になります。
「選ばれる医院」になるために
求人倍率が高い時代だからこそ、歯科医院側も「選ばれる」ための努力が必要です。
給与や休日といった条件面はもちろん大切です。しかし、それ以上に大切なのは、「この医院で働きたい」と思ってもらえる理念や雰囲気、そして成長できる環境です。
見学に来た学生が、スタッフの表情や患者さんとの関わり方を見て、「ここで働きたい」と感じるか。それとも、「何か違うな」と感じるか。その差が、採用の成否を分けます。
また、採用活動のタイミングも重要です。調査によると、「就職活動が遅れていいことはあまりない」という結果が出ています。良い人材ほど早めに内定を決めてしまう傾向があります。早めに動き出すこと、そして丁寧に関係性を築いていくことが大切です。
最後に
「求人倍率23倍」という数字は、確かに歯科衛生士が不足している現実を示しています。しかし、その裏には、歯科衛生士が集中する医院とそうでない医院の二極化、教育体制や予防への取り組みの有無、そして医院の理念や雰囲気といった、数字では測れない要素が大きく影響しています。
これからの時代、歯科衛生士の採用は「運」や「タイミング」だけでなく、「医院としての魅力」が問われる時代になっていくと思います。